第415号:確実に生き残れる者は、変化に対応した者

2002年06月28日号の創刊から18年間書き続けてきたこのメールマガジンも今回が最終号となりました。ご購読戴きました大学就職関係の方々には厚くお礼を申し上げます。振り返って見ると、学生の就活も企業の採用活動も、変わったところもあれば変わらなかったことも多いです。
果たして大学も企業も業界も『進化』をしているのでしょうか?最終回のコラムにあたり、振り返って考えてみたいと思います。やや長くなりますが、お付き合い戴ければ幸いです。

以下は17年前のこのメールマガジンで私が書いたコラムの抜粋です。

 ▼「早期化、長期化、集中化、多様化、通年化」(2003年3月号:第18号抜粋)

ここ数年、就職シーズンは「早期化」と「長期化」の傾向にあることは周知のことですが、昨年はそれに加えて選考時期の「集中化」がおきました。1~2月の広報活動の後、3月に多くの企業が選考活動を始めたため、応募者においては面接スケジュールが重複し、多くのエントリーを行っていた学生は日程調整に非常に苦労しました。その結果、広報活動時には学生からのエントリーを十分に集められたと安心していたところ、いざ蓋を開けてみると欠席が多く、面接応募者を集められなかった企業が続出しました。昨年、選考活動の時期にも多くの学生を惹きつけられた企業は、広報活動からこまめにいろいろなメールを送ったり、インターネット上でのコミュニケーション活動(バーチャルOB訪問等)を行ったり、応募者との距離が離れないように配慮していたそうです。

今年は、そういった企業の更に先を行こうと1月から選考を始めた企業もあれば、逆に3月~4月の選考集中期に第一希望の企業を不合格になった学生を狙って、今から5月~6月の募集があることを告知し始めた大手企業も出てきています。また採用選考方法も、通常の面接をやめてインターンシップ応募だけに切り替える企業が出てきており、今年の企業の採用活動は選考時期と選考方法に「多様化」の傾向が出てきているようです。

こういった企業が増えてくると、これから採用市場の「通年化」が起きてくることが予想されます。「通年採用」という意味は、一企業において新卒採用と中途採用の区別が無くなり募集人員が出た時だけ求人を出す、良い人材を見つけた時だけ採用を検討する、というやり方を指してきましたが、今後は年間を通して採用活動を行っている企業が就職市場に居る、という意味に考えた方が良いのかもしれません。学生にとっては選択機会が増えることになりますが、ストレスに耐えて視野を広げるという能力が求められてくるでしょう。マラソン・ランナーのように頑張って欲しいものです。

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如何でしょう?就活・採用活動時期は異なりますが、流れは今と変わらない様に見えます。一方で早期化から通年化の流れは17年かけて変わってきたといえるかもしれません。このように変化には、定期的に繰り返す景気循環的なものと、構造そのものが変動して元に戻らないものとがあります。

先日、有名企業の役員で採用選考の最終決定者とお話をする機会がありましたが、開口一番「うちの人事が採用面接をドンドン入れてくるので多忙でしょうがない。なんで今年はこんなに早くやるんだ!年末年始の多忙な時期にお客さんと会えないし、学生にも大学にも迷惑だろう。」と憤慨されていました。この企業の人事部長によると「他社もやっていますので、うちもやらないと出遅れるのです。」と役員の言葉に耳を傾けないそうです。これは今の企業の採用活動が横並びで変化しない背景ですね。

大学側から見れば誠に迷惑な話ですが、新卒一括採用とその根底にある日本型メンバーシップ雇用が減少していくのを止めることはできないでしょう。政府は経団連の採用ルールの廃止に変わるものを考えると言いましたが、今の政府が「働き方改革」の旗の下に新卒一括採用を廃止しようとしているのですから何もできないのは当然です。

翻って大学側から大学らしく、需要供給という経済学的視点で見れば対処策は考えられます。需要(消費者の要望⇒企業の求める人材)は多種多様で統一することは不可能ですが、供給(提供する製品⇒大学が輩出する人材)の仕様は物理的に限られているので制御可能です。つまり、もし今後何らかの就活・採用ルールが設定されるとすれば、それは供給する大学側が鍵を握っているということです。通年採用がグローバルに求められているのだとすれば、大学もグローバルな仕様である学生の学習環境・時間を守り、しかるべき時期(最終的には卒業後)にするというグローバル型通年採用の対応を検討すべきでしょう(現実にはインターンシップと同じく「日本型」通年採用になりそうですが)。

もっとも、大学側も企業と同じに「周りがやるからやる、やらないからやらない」という状況であるなら、20年後も同じでしょう。いや、10年もすれば少子化という構造変動は確実に進み続け、大学は変化を余儀なくされていることでしょう。確実に生き残れる者は、変化に対応した者(ダーウィンの「種の起源」に啓発された経営学者の言葉)です。

大学は、過去の知見を大事にすると同時に、未来を創造するクリエイティブな場だと思います。皆様の未来も仕事も、他者に委ねるのではなく、自ら切り拓くことができると祈念して、最後のコラムの筆を置きたいと思います。ここまでご購読戴き誠に有り難うございました。

追伸:これまでのコラムのバックナンバーは、以下の私の個人的サイトに保管しています。キーワード検索もできますので、何かネタが欲しいと思われた時のヒントにご利用戴ければ幸いです。学生が読んでも役立つと思います。

▼参考URL:【The 採用最前線!】バックナンバー

http://www.recruiter.jp/wp/

 追伸の追伸:このコラムはここで個人的に書き続けます。
毎週、第二金曜日にアップ予定です。

第414号:大学が社会人基礎力を育成できない理由

経産省の定めた「社会人基礎力」が世に出て15年ほど経ち、企業の採用選考や大学のキャリア教育の指針として活用されています。しかしながら、文科省側からみると産業界からの「外圧」にとられ、大学教員の声を聴いても批判的な意見が多い様に感じます。それは必ずしも否定的ではありませんが、大学にとって育成が苦手または避けたい部分があるからだと考えられます。

社会人基礎力については、釈迦に説法かと思いますが、「前に踏み出す力」「考え抜く力」「チームで働く力」の3つの能力で構成されています。その中で、大学は「チームで働く力」やその責任感を教えることがとても苦手な組織です。「社会人基礎力」を開発した諏訪康雄法政大学名誉教授もおっしゃっていましたが、大学という教育機関は、高学年になるほど卒論という個人作業に集中する教育・学習形態になっていますから。

今まさに卒論の提出・審査時期で、最終学年の殆どの学生は秋からずっと眠れない夜を過ごしてきたことでしょう。多くの大学生にとって、卒論のような論理的な長文の文章を書いたことはなく、生まれて初めての孤独な戦いを経験してきたはずです。多くの伝統的教員は、「卒論の効」として難題を乗り越えた自己効力感にもつながり、社会でも通用する力だと主張されます。その真否はともかく、こうした教育・学習形態では「チームで働く力」は伸ばせません。つまり、ここが大学教育の弱点です。

ここを補完するために、熱心な指導をする教員は、ゼミの3年次に5~6人のグループで共同研究をさせ、チームで論文・ポスター発表・プレゼンテーション等を行わせています。しかし、この指導方法は非常に手間暇のかかるものであり、なかなか取り組まない教員が多いです(それ以前にゼミや卒論もない学部もありますが)。結果としてそうした演習にあたる部分を、外部の教育業者にPBLアクティブラーニングアウトソーシングを依頼するという形態が増えて来ています。

大学内のリソースだけで対応できないものは、外部の知恵を取り込むのは現実的だと思いますが、大学教員が面倒に感じてサジを投げ、その始末をキャリアセンターや就職課が「キャリア教育」と称して安価な非常勤講師を調達して補完しているのは困ったものです。アウトソーシングする場合でも、正課授業との関係性を明確にして行わなければ就職セミナーや自己啓発と同じです。入試広報では素晴らしく見えるけれど実態はともなっていない、というのは企業採用広報も似ているかもしれませんが。

少子化が本格的に進み、大学環境も企業経営も着実に厳しくなるなか、相互が連携して補完しあい、無駄な経費を削減して本当に大事なところに投資する。大学にとって苦手なチームワーク力チームビルディング力を発揮できれば、決して夢物語ではないでしょう。そうした初夢の様な理想を、形にしていくような新年の始まりになればと思います。