第308号:この時期を冷静に見る

いよいよ来週からは倫理憲章での採用選考解禁です。解禁日の後ろ倒しには「誰も得をしていない」という感情的な意見もありますが、損得や善し悪しはちょっと横に置いて、冷静に現象を見極めてみましょう。意外と見えてくるものがありますし、懐かしいと感じるものさえあります。

 

マスコミ報道では現時点での内定者は約30%とも言われています。大学や学生によって状況が異なるのでこの数値は参考程度ですが、春から相当数の学生が内々定を取得していることは間違いないのでしょう。私の教え子からも内々定の報告が届いて解禁前に既に就活を止めたという者がだいぶおります。

 

これらの内々定者は、既に就職市場から離脱して8月になっても(形式的に呼び出されても)本気の就活は行いません。競争力のある(優秀な?)学生ほど早くいなくなり、ふつうの学生の本番がやってくるのです。総合商社のように本気でトップレベルを待ち受ける企業もありますが、冷静に見ればその採用数は全学生のなかの少数です。これは30年前の就職・採用活動と同じで、解禁日前に既に優秀層は内々定が出ており、一般応募の学生が大企業のビルの周りに行列を作るのと同じ構造です。

 

リクルーターや学歴フィルターというものの存在もかつての指定校制度と同じで、採用市場全体の学生数の動きから見れば、差別しているというより順番を付けているという見方もできます。実際、今のネット経由での応募では、一時期に学生が一気に応募に来ると、企業のサーバーには相当な負荷がかかります。技術的な視点からは、学歴フィルターは応募者の集中を分散させているのにすぎません。

 

以上のように、学生の就活動態のトラフィック(移動量)を客観的に見ていると、今年の就職活動は見事に分散化・平準化しているともいえます。

 

先日、発表になった文科省からの調査では、今年度の就活は長期化して問題であるという意見も出ていましたが、これも冷静に動態を見れば、今年度のあり方がわからずとりあえず昨年度と同時期に始めた学生が多いのですから当然の結果です。学生や企業が困惑しているという指摘は間違っていませんが、これは時期が遅いとか早いとかよりも、昨年とは大きく変わったので「前年度の経験が殆ど役に立たない」ということが理由です。なので、来年になればこれらの不安はだいぶ解消されると思います。

 

巷では「誰も得をしない」との声もありますが、今年度の解禁日の変更は、学生の学習・生活環境を取り戻そうということが本旨なので「損得」という視点そのものが間違っていると思います。損でも得でも、守らなければならないものはあるのです。

 

この10年、大学教育に関わって学生の力の変化を目の当たりにしてきましたが、その低下には相当な危機感を感じています。読む力、考える力、書く力、話す力、期末試験の採点を採用担当者の視点で見ているとすべてにおいて不安を感じます。これからの本当の課題は、来たる4年の就活に向けて基礎力のある学生を育成する、というのが冷静な視点であると思うこの頃です。

 

第307号:学生が提案する採用活動

先日、私が昨年から担当している2~3年生向けの新しいキャリア教育で、提案力向上のために「学生が提案する採用活動」というプレゼンテーションを行いました。評価者には馴染みの企業採用担当者にご協力戴き、率直な意見を戴きましたが、学生にとって良い勉強になりました。

 

受講学生は約200名で、そのうち7チームがこのテーマに取り組みました(テーマは他にもいくつかある)。必ず定量・定性調査等を行い、調べた事実に基づいた提案をするというルールで、大学で身に付けるべき基本的な報告手法の実践がこの授業の狙いです。今回の各チームの提案内容は以下の通りでした。

 

1.服装自由で自分らしさをオープンに聴く面接

2.長期インターンシップを組み合わせた採用

3.学校推薦制度と面接官に質問する面接(逆面接)手法

4.RJP(リアリスティック・ジョブ・プレビュー)広報による離職率低減

5. 学生による合同プレゼンテーション会(逆求人フェスティバル)

6.部署別(職種別)採用

7.課題解決型プレゼンテーション面接

 

調査期間が2週間と短かったのと、まだ就職活動について殆ど知らない2~3年生たちなので、提案内容は拙いものが多かったです。自分たちの「要求」や「願い」を伝えることと「提案」することとの違いがわかっておらず、WIN-WINになっていないものが過半数でした。

しかし授業後のリアクションペーパーを見てみると、このプレゼンテーションを聴講していた他の学生達には、そこがよく見えていたようです。学生の主張を客観的に聴講し、企業の方から率直なフィードバックを貰うことによって、多くの学生が「提案」というもののあり方と、就職・採用活動という難解な社会問題に気付いておりました。

 

採用担当者の方にとっても、学生の気持ちをよく知る機会にもなったようです。ネット社会・セキュリティ社会になり、また採用担当者自身が年齢を重ねるに従い、学生の気持ちや現状が見えにくくなってきていますので、こうした授業が良い情報源になると思います。中にはキラッと光る提案もあり、ちょっと検討してみようか、というヒントも得られたようです。

 

さて、この授業での本当の狙いは、もう一つあります。それは、学生が企業の採用活動を研究すればするほど、就職活動に役立つということです。自分自身の課題を、客観的に見る、社会の中での位置づけを知る学生とそうでない学生では自然と発言が変わります。

私が10年前から行っている人事労務管理のゼミ生との共同研究ではこうした採用活動の研究を半年かけてじっくり行っておりますので、このゼミ生達はおそらく企業の採用担当者や下手な大学研究者に負けない知見を持っています。結果、ほぼ希望通りの進路に進んでいます。

大学は就職予備校ではありません。しかし、このように取り組む学生と企業が増えてくるならば、大学の学びを育みながら社会との自然な接点が作れると思います。