第278号:採用学というものの難しさ

横浜国立大学の服部泰宏准教授が「採用学」という新しい学問を提唱されています。業務量の多い採用担当者の仕事を科学的に分析する試みは、とても面白い試みではあります。しかし、学問として確立させるのはなかなか扱いづらい分野だと思います。というのは、学問の基本であるデータ収集が困難であること、採用活動(特に大学生の新卒採用)は限られた市場でのゼロ・サムゲームだからです。

 

採用活動の合わせ鏡である学生の就職活動については、これまで社会学者(東大社会学研究所等)や経営学者(明治大学の永井教授等)および研究機関(JIL-PT等)からも研究されてきました。学問の基本としてのデータ収集を、大規模な質問票調査(アンケート)や学生へのヒアリング調査(インタビュー)等で行い、統計学的処理によって法則性を探ってきました。大学院生や学部生レベルでも、こうした論文はわりと多く見られますが、それが可能なのは上記のようにデータ収集が行いやすいからです。

 

一方、今回の採用学では企業採用担当者の活動にフォーカスしていくようですが、企業の採用活動は、如何に他社に先行して学生を集めるか、如何に他社とは異なる質問で学生の面接対策を乗り越えるか、如何に上手い説得方法で学生に内定承諾をさせるか、というノウハウの部分が多いです。そのため、なかなかデータの収集が難しいです。アンケートには協力しても、ホンネで回答できるかどうか、またアンケートの質問自体が採用担当者の活動を十分に分析して作られているか、という課題があります。

 

同じ人事の仕事でも、人事労務や能力開発の研究は、既に無数の学会報告があります。それは、採用活動のようなパイの奪い合いではなく、各社が競って良い仕事をすれば、産業全体の生産性が向上してマーケットが広がるからです。ところが、採用活動というのは何処かが成功すれば(採用できれば)、何処かが失敗する(辞退される)ことになる、ゼロ・サムゲームです。

 

他にも、この分野はITの導入、大学生の量的質的変化、労働法の規制緩和等、環境変化が非常に激しく、やっと確立したノウハウや手法がすぐに陳腐化してしまいます。この10年間で確立されてきたコンピテンシー面接も、学生の対策が素晴らしく進んでおり、採用担当者は工夫をし続けなければならず、学問として研究している間に前提条件が変わってしまう可能性もあります。

 

最後に、こうした研究活動は、広く一般の公開されなければ意味がありません。経営学の研究でもよくありますが、本当のノウハウは公開されないことがあります。学会報告を見て学び、やってみたらうまくいかない。研究者に直接問い合わせてみたら、「それにはコツがあり、私の秘密のレシピがあります。私を呼んで戴ければいつでもやってみせます。」と言われたら、これは学問ではなくコンサルティング業務ですね。しかし、そうした壁に挑戦するのもまた学問の使命です。今後の採用学の活動を興味深く見守っていきたいと思います。

 

以下、参考サイトURL:

▼採用学プロジェクト

http://saiyougaku.org/

▼参考URL:文献「大学生の就職活動」本田雪、中公新書

第277号:採用担当者と学生の単純な言葉の認識差

採用選考が始まり、内々定の頼りもチラホラ届き始めました。一方でなかなか結果がずに、だんだんと焦ってくる学生も見受けられます。そんな学生に気づいて欲しいことは「自分のやり方には何か間違っているところがないだろうか?」「企業の求めるものと、自分が伝えているものはズレがあるんじゃないだろうか?」という冷静で客観的な視点です。

 

採用担当者(社会人)と学生とのズレは、いたるところにありますが、特に気をつけたいと思うのは、単純な言葉の認識差です。例えば「主体性」と「コミュニケーション力」です。この二つの言葉は、採用担当者から見て学生に求める資質の常にベストスリーに入っています。経済産業省の資料(下記URL参照)でも、「主体性」と「コミュニケーション力」の重要性は、学生も上位にあげておりますが、問題はその認識の程度の差です。学生は「主体性」が自分に欠けているとちゃんと自覚しておりますが(5.6%)、採用担当者は学生の約4倍(20.4%)もあります。同様に「コミュニケーション力」については、学生が8%、採用担当者は倍以上の19%です。

 

この報告書では「大きなギャップが存在する」とに指摘にとどまっておりますが、このギャップの意味はもっと踏み込んで理解する必要があります。そこには、採用担当者と学生が「主体性」と「コミュニケーション力」という言葉を同じ認識で使っていてそのレベルに差があることと、その言葉のそもそも認識が違っているということとがあります。前者なら問題はシンプルなのですが、後者は意外な盲点となります。

 

というのは、学生の理解する「主体性」とは、自主的に自分で意志決定して企画したり提案したことや組織のリーダーになった経験などをイメージしてアピールすることが多いですが、採用担当者の視点では、それだけではありません。誰かに指示されたり頼まれたりしたことを喜んで引き受ける、他者が意志決定した企画でも、言われた通りにやるだけではなく更に自分なりの工夫したり改善したりすることも含みます。それが、実際の会社の中で行われている仕事の形だからです。そして、そうしたタイプの人が、一緒に働きたくなる人、というものです。

 

このように、同じ言葉であっても、学生と採用担当者では属する社会が違いますから、その意義が違っていることがよくあります。一見、単純で言い慣れてしまっている言葉だからこそ、認識差について気づかないことがありますので、注意したいものですね。

 

以下、参考サイトURL:

▼大学生の「社会人間」の把握と「社会人基礎力」の認知度向上に関する調査(経産省)

http://www.meti.go.jp/policy/kisoryoku/201006daigakuseinosyakaijinkannohaakutoninntido.pdf