第379号:大学の裏口入学と企業の縁故採用

大学業界の末席で仕事をしていて慣れてしまったせいか、文科省官僚不祥事には驚かなくなってしまいましたが、東京医科大学の裏口入学には怒りを禁じ得ません。通常の事件と違って受益者が身銭を切るのではなく、税金(補助金指定の権限)を財源にして個人の利益の忖度を求めているところが悪質極まりありません。昨年の「文科省天下りあっせん問題」を思い出させます。

さて、裏口入学と似て非なるものに企業の縁故採用があります。これは違法行為ではありませんが、現代の新卒一括採用に慣れた採用担当者の多くはあまり好みません。採用選考手法を必死に考え、様々な手段で応募者の能力を公平に評価しようとしておりますし、選考過程では不採用通知を出す方が圧倒的に多いので、シード権をもった応募者には不公平感を感じますから。

東京医科大学では優先度順の裏口入学リストを作成していたそうですが、企業の縁故採用でも紹介者の重要度別にランキングを決めてリストで管理をするのが普通です。このリストの存在は厳重管理されるので現場の若い採用担当者は知らないでしょうし、まして内容を見ることもできないでしょう。採用選考も管理者の特別ルートで行われるので、現場が知るのは内定式等で出席者のリストを見た時です。

通常、縁故紹介者には、企業の営利活動に関わる以下の方面が多いです。

金融機関(取引先銀行、大株主の保険会社等)

ビジネス顧客(企業機密に関わることもあるので慎重に対応)

大学関係(産学連携の担当教授、役員と同窓の教員等)

政治関係(支店や工場がある地域が地盤の国会議員等)

社員関係(役員の子息、個人的関係等)

翻ってみると、企業の社会活動は多方面に渡っており、縁故採用を求められるとは、自社の規模が大きくなって社会的にも認められた存在になったということで、有り難いこととも思えます。悩ましいのは、通常の採用選考プロセスを通っていないので、縁故紹介者能力のバラツキが多く、配属に苦労することです。現場には配属する新人が縁故採用だとは伝えませんので、今回の事件のような合格点水増し採用の場合は、できるだけ楽な仕事、外部との接点が少ない部署にします。

興味深かったのは、某有名企業のトップが全く関係のない別企業に縁故紹介の新卒で入社して30歳頃まで勤務していたことです。その方を受け入れた企業経営者から「彼の親父さんとは経営者として親交があり、『うちの息子を鍛えて欲しい』と言われてお預かりした。」と伺いました。丁稚奉公のようなものですね。こうした良い縁故紹介採用なら歓迎ですが、果たして今回の事件はどうなることでしょう。これを機会に、東京マラソンのチャリティ枠(10万円)のような、裏口入学の正規ルート化でも作られますかねえ。

▼参考URL:
「ブランド力落とした」2人起訴の東京医科大(毎日新聞 2018.7.24)https://mainichi.jp/articles/20180725/k00/00m/040/113000c

第378号:学生が感じるキャリア教育の課題

本年度から新たに上智大学でキャリア科目の授業を担当することになりました。私が大学キャリア教育に深く関心を持つようになったのは10年前に同大学で教育社会学に触れたことでしたから、恩返しのような気分で上智大学らしいキャリア教育の開発に取り組んでいます。

新任の大学では学生との距離感に戸惑いますが、まずは「自校のキャリア教育の課題」というレポートを学生に課して問題意識を探ってみました。このレポート求めると、多くの大学で共通に見られる課題と、その大学固有の課題が見えてきます。

共通に見られる課題としては、キャリア科目の存在を知らないという(広報課題)、科目数・定員が少なくて履修できない(機会課題)、低学年から受けたいという(時期課題)等の科目設定に関するものと、講義型が多くて受け身になる、公開講座なのに他学部の学生と交流できない、既存科目との関係がわからない等の授業内容に関するものがあり、量的課題質的課題に分類できます。

今回、良く書かれていたレポートに「授業時間やコマ数の改革ではなく授業内容を改善して欲しい」という上述の量的・質的課題の関係を指摘したものがありました。具体的な改善案としては「もっとアウトプット重視の授業にして欲しい、グループワークをやりたい」等ですが、それでは、とレポートを増やすと学生の顔色が変わります。

学生の言うアウトプットを、単純なおしゃべりのグループディスカッションにしてはいけません。論理的に考え、文書・言語で発信できるスキルを意識して授業を設計すべきです。それは就活だけではなく、就職後にも役立つロジカルシンキングの基本ですから。

私のレポート課題では、自己都合の要望や単純な若者の主張はNG、読み手を意識した提案にする、事実(データ)を元に意見を展開する、等々の基本中の基本を指導して求めています。これらは就職して報告書や提案書を書く時にも求められる能力ですし、就活のエントリーシートでも同様です。結果、殆どの学生が基本をクリアして今学期末の履修OKを出せそうです。

こうした授業を進めていくと、最初は拙くても3~4回繰り返すと、真面目に取り組んだ学生のレポートは必ず良くなります。そして変わった「顔色」が良い「顔つき」に変わってくるのです。教育とサービスは違います。学生の要望をそのまま聞いて提供するのは教育ではなくサービスで、人材企業にお任せすれば良いでしょう。大学教員は、学生が(最初は)嫌がっても本当に大事なことは信念を持って強制すべきです。未知の経験をさせて自信をもたせることです。それが教育だと思います。

さて、まもなく学期末ですが、私の授業の最終日には企業採用担当者を招いて学生にレポートをベースにしたプレゼンテーションをさせています。今学期の学生との授業で考えてきたキャリア科目の課題を企業の方々とも討議して、冒頭に述べた上智らしいキャリア教育を形にしていきたいと思います。