第403号:芸人と大学非常勤講師の雇用問題

 吉本興業のドタバタが連日マスコミのトップを賑わしておりますが、法学部卒で人事労務経験者としては、この出来事の労働法の面が気になります。公正取引委員会が問題視したことは、大学でも似たような状況がありますね。

民法をかじっていれば常識ですが、書面がなくても契約は成立します。就活でも口頭の内定で成立するように。しかし、あれだけ有名なタレントでも契約書を交わしていなかったというのはちょっと驚きで、あの業界固有の商慣行なのでしょう。6000人のタレントを抱え、かつ業務内容も激しく異なる中では、全てを契約にすることは現実的ではないでしょうが。

翻って、大学非常勤講師の労働形態も芸人と似たようなものです。自腹で業を磨き、稽古はそれほどしませんが、舞台(教壇)に立ってお客(学生)を盛り上げる。客風に左右されない芸風をもつ名人級の講師も居ます。芸能界と違うのは、働き方改革の影響もあり、雇用契約が文書で交わされるようになり、賃金決定通知書も発行されるようになったことです。授業(仕事)がだいぶ始まってから4月1日の日付で届くという、人事経験者から言わせればお粗末な状態ですが。

非常勤講師の講師料は、周知の通り大学毎に異なりますが、授業1コマあたり、5000~8000円が一般の相場でしょう。そのほかには交通費実費以外には何も出ません。闇営業は自由ですが、相場はかわらないのでモチベーションはそれほど上がらないし、なにより非常勤講師であれ、大学の採用ハードルは紹介無しには高いです。ある有名大学では「当大学では給与金額で授業を引き受けるかどうかを考える方はお断りしています。」と言われたことがあり、労働法の授業を履修して欲しいと思いました。

料理と同じで良い授業ほど手間暇がかかりますので、真面目な非常勤講師ほど自分の首を絞めます。最近、大流行のアクティブラーニングは、決められた講義を14回一方的に話すのではなく、毎回の学生の反応を見ながら、臨機応変な対応を行い、時には学生に合わせて特別な教材を用意することもあります。更に、授業準備費用や試験採点費用、シラバス制作費用、授業アンケート対応費用に、オープンオフィス相談(学生への個別相談)まで求められ、大学専用SNSへの入力まで要求される労働は年々、増加の一方です。ある大学では自費でX線撮影診断書を出せと言われました。こうなると授業1コマ分が飛びます。

これは大学生の定番アルバイトである塾講師も似ています。本来は講義が仕事のはずなのに、保護者対応からはては新しい講座の売り込みまで無賃でさせるブラック塾もあります。それでも、芸人や塾講師は舞台(教壇)の腕一本で評価されて実力で賃金(時給アップ)を勝ち取ることができます。私の教え子には、時給換算すると私より高給取りの学生もおりました。

非常勤講師は、どんなに教育実績があって、授業アンケートで学生からの評価が高くても、大学院に入り研究活動をして正規教員にならなければ賃金はあがりません。中間の特任教員というポジションもありますが、5年間の有期雇用で雇い止めになってしまいます。

今回の話題は、大学業界では当たり前の業界慣行ですが、世間一般からみれば異常です。一所懸命に頑張る講師が報われる大学になって欲しいと思います。それは大学の魅力を高めることになるのですから。どんな時にも運不運はありますが、普通に真面目に頑張る労働者が、普通に正当に評価されるようになって欲しいと思います。そうした普通さを定めたのが法律のはずです。人間社会は如何にあるべきかという学問で、法学が学問のルーツであるゆえんだと思います。